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浜名湖・遠州灘 食の情報

 うなぎ、すっぽんの養殖場として選ばれた浜名湖周辺。

温暖な気候で、海と湖に囲まれた静岡県湖西市は、健康食材が集まる町。

「うなぎ、すっぽん、しらす、のり」

浜名湖・遠州灘からお届けするのは、美味しい食品だけでなく、

健康になって頂きたいという想いです。

 

 

●浜名湖周辺の気候が温暖であること。

●養殖池を造成することの可能な遊休地があったこと。

●当時、浜名湖でうなぎの幼魚(クロコ)が豊富に採れ、飼育に必要な餌も安価に調達出来たこと。

●浜名湖周辺が大消費地(東京・大阪)の中間地点にあたり、鉄道も整備され経済的利便性が高かったこと。 等

栄養たっぷりのうなぎを食べるには、どうしても養殖が欠かせない時代です。うなぎの養殖は、主に12月下旬〜3月上旬に海から河川に遡上してくるシラスウナギ(体長約6cm、体重約0.2g)を採捕して種苗とし、池中で200g前後の食用魚にまで育てます。海からの恵みを大切に育てるからこそ、立派なうなぎに成長していきます。

主要産地である鹿児島県、愛知県、宮崎県、静岡県、どの都道府県でも、より美味しいうなぎの養殖に力を注いでいます。産地によって、生育状況(飼育施設や設備)や、飼育方法(餌づけ〜配合飼料)が異なるため、販売側は、その年、その季節に一番のうなぎを見つけることが重要となります。

日本のうなぎの養殖(養鰻)は、明治12年に東京深川で試みられましたが、大平洋戦争によって一時衰退し、中心地が浜名湖周辺へ移りました。浜名湖うなぎ養殖と聞くと、湖の中で養鰻していると思われがちですが、実際には、湖畔に掘られた池「養鰻池」で養殖されています。その先駆となったのが、明治24年に原田仙右エ門がつくった7ヘクタールの養鰻池です。人工池での養鰻が試みられたのは全国でもこれが初めてということで、浜名湖がうなぎ養殖の発祥の地と言われるようになりました。以降、浜名湖でのうなぎの流通が盛んになると同時に他県での養鰻も盛んになり、全国各地よりうなぎが浜名湖へ集まってくるようになりました。

 

ウナギは高タンパクで消化もよく、夏バテ防止として古くから愛されています。夏バテを防ぐためにウナギを食べる習慣は、日本では大変古く、その痕跡は万葉集にまでさかのぼります。この習慣は、うなぎは栄養素が豊富だからこそできた習慣でしょう。

うなぎは低カロリー!うなぎも魚類なので「不飽和脂肪酸」(スッポンも同様)で、コレステロール、中性脂肪等を抑制してくれます。また、最近、「不飽和脂肪酸に強力な抗がん作用がある」と日本ガン学会で発表されています。

頭の働きを良くしてくれるDHAは、うなぎ100gに対して約1350mg。1日の理想摂取量は500〜1000mgですので、かなりのDHAが含まれていると言えます。また、コレステロールや中性脂肪など血管や血液に関する病気の予防にも効果があるEPAも100gに対して約750mg含まれています。

その他、ビタミンA、B1、B2、D、E、ミネラル(鉄分・亜鉛・カルシウム・カリウム)が豊富に含まれています。このようにウナギを食べれば大変多くの栄養を取ることができますが、女性には残念ながら、美容に必要なビタミンCが足りないため、野菜などで補うと良いでしょう。

 

当店で取り扱っているしらす干しは、日本一の水揚高を誇る遠州灘産。その中でも日本一のブランドを誇る舞阪町で加工されたものです。舞阪町でのしらす加工の歴史は古く、その技術は突出しています。また他の産地が内湾漁中心なのに対し、遠州灘は外洋(大平洋)です。その他とは違い、遠州灘の荒波をやってきたしらすは、およそ2〜3cm程度の魚体のなかに、しっかりとした歯ごたえを実感できます。

 

しらす漁はいつ頃からはじまったのかは定かではありませんが、江戸時代の元文4年(1739年)の訴訟文書によれば、当時すでに漁網が発達していたことがうかがわれ、かなり古くから行われていたものと推察されています。

明治の初期には、他の魚が入らないように漁網を改良したしらす専用の地引き網が開発され、また大正8年には、猪櫓舟(ちょろぶね:櫓をこいで走る船)に5馬力の機械を据えて、一度に3隻ほどのちょろ舟を沖合の漁場まで引いて漁をするようになりました。 昭和5年頃からは、小型機械船による1そうびきのしらす漁がはじまり、昭和9年ごろまでには40か統までに増加しました。昭和10年頃からは、2そうびき漁がはじまり現在に至っています。静岡県はしらすの主要な産地であり、その中でも舞阪港は、県内屈指の産地となっています。

 

しらすは、捨てる部分がなく、骨や内臓も気にすることなく身から骨まで全てを食べられることから、栄養価がとっても高い食材なのです。 しらすと言えば、カルシウム。小皿1杯(100g)のしらす干しで、カルシウムが1日分(約500mg)摂れます。離乳食を始めた赤ちゃんや、歯の丈夫でなくなったお年寄りの方でも食する事のできることから、どなたでも簡単に丈夫な骨や歯を作り上げることができます。また、DHAやEPA、ビタミンD、タンパク質も多く含まれています。

必須脂肪酸と言われるDHAやEPA、カルシウムは、体内では合成することができないため、食品から摂取する必要があります。DHAやEPAは青魚にも多く含まれていますが、青魚が嫌いなお子様でも、簡単に気軽に食べれるようにできるのもシラスの良い点です。

 

 

浜名湖の自然が育んだ浜名湖まぜのりは、青のりと黒のりを混ぜて作られるため、他にない、浜名湖でしか手に入らない「のり」です。特有の磯の香りとなめらかな舌触り、そして鮮やかな深い緑色が特徴で、江戸時代から食べられています。浜名湖まぜのりは緑藻類の「ヒトエグサ」で、特に風味が生きている海苔として、古くから愛されています。

 

 

浜名湖ののり養殖の歴史は古く、江戸時代後期の文政3年(1820年)にはじめられたといわれています。当時は「そだひび」による養殖でした。「そだひび」とは、養殖のために海中の干潟に立てかけ、胞子を付着させる小枝付の竹、樹の小枝(そだ)などをいいます。 昭和に入り網ひび養殖法が開発されたことから、浜名湖においても昭和10年頃から網ひび養殖へと変わり、昭和12年にはすべて水平網ひびとなりました。

漁場は、昭和26年ごろまでは舞阪町、新居町の地先に限られていましたが、昭和27年以降村櫛、雄踏、鷲津地先等でも養殖がはじめられ、漁場は浜名湖中央部まで拡大しました。その後、漁場環境の変化もあって、今では、舞阪、新居周辺の限られた地域となっています。

平成18年は59の経営体により、23万8,900m2の網ひびで、生換算で727tを収獲しています。製品別には板のりが1,136万枚で、ばらのりその他が生換算で403tとなっています。板のりの内訳は、青のりが770万枚、まぜのり366万枚となっています。静岡県では昭和44年から昭和50年にかけて幾つかあった漁場も姿を消し、今では浜名湖が唯一の産地となっています。

(情報提供:農林水産省)

 

海苔は手軽な健康食品として有名です。海苔の代表的な栄養素の一つは、タンパク質で、大豆に匹敵するくらいの良質なタンパク質が含まれています。逆にあまり知られていないのが、ビタミンの種類と含有量です。特にビタミンAは豊富で、のり1枚で卵1個分以上のビタミンAが含まれています。ビタミンB1は、ごはんをエネルギーに代える役割を持っているため、「ご飯+のり」は、まさに理想的な組み合わせと言えます。おにぎり、手巻き寿司、のり弁当など、日本人ならではの智恵と言えるでしょう。その他、カルシウム、鉄などがあります。

 

下記成分比較表を見てもわかる通り、他食品と比べて、海苔は非常に豊富な栄養を持っています。1日2枚の海苔で一日分の十分な栄養を取ることができます。野菜嫌いの子供も、海苔を食べることによって不足な栄養を補えます。 

 

 

 

スッポンは、冬眠期間が長く、成長が遅いため、天然のスッポンはごく僅かで、市場に出回っているほとんどは養殖されたものです。 すっぽん養殖の元祖「服部中村養鼈場」が長年の研究によって改造・完成されたスッポンの養殖法と、スッキリした味わいのスッポンスープの開発などによって、近年、家庭の食卓でもスッポンをおいしく食べれるようになりました。女性の美容や美肌に役立つ良質なコラーゲンを豊富に含む食べ物、健康食品そして珍味としての認知度も高くなり、スッポンの本来持つ豊富な栄養素(コラーゲン、ビタミン、アミノ酸、DHA、EPAなど)が注目されています。実は、スッポンが健康的な食べ物であることがわかったのは、今に始まったことではありません。

縄文時代の貝塚から、化石の出土例があり、弥生時代の遺跡である静岡市の登呂遺跡でもスッポンの骨が発見されています。奈良時代に入ると、『続日本紀』より「白鼈(しろかわかめ)」が献上されたとあります。おそらく琵琶湖辺りで捕れた白いスッポンが珍しいので天皇に献上したのでしょう。江戸時代に入ると、『鬼平犯科帳』に「スッポンを食べに行こう」と誘う場面もあります。江戸前の握り寿司や天ぷらがそうであったように、当時は、庶民が屋台で手軽に食べる食事、いわば、ファースト・フードだったことを垣間見ることが出来ます。当時の料理本などに、吸物、刺身、鍋などの調理法が掲載されているのも事実です。

 

スッポンとうなぎ養殖の元祖である「株式会社 服部中村養鼈場」の起源は、江戸時代 文政・天保年間(1830年頃)の江戸 深川(現在の東京都江東区深川)の 川魚商 權次郎まで遡ります。 權次郎は、深川千田新田にて、隅田川(当時は荒川)等で採れる白魚や鯉・ウナギを長州毛利家に納めることを主な生業(なりわい)として居りました。

明治維新後は、日本橋魚河岸(現在の東京都中央卸売市場、築地市場の前身)に店を構え川魚商を継続。

スッポンの養殖は、慶長2年(1866年)砂村(現在の東京都江東区南砂周辺)の長州毛利藩邸内の鴨場で捕獲された一頭のスッポン(重さ約1.9kg)を買い取り、飼育を試みたことに始まります。 その後、商売柄、うなぎ・ 金魚・鯉・鮒などの川魚の生態に明るく川魚商と並行して、それらの飼育研究を進める。特にスッポンの飼育研究は、その一環として熱心に取り組んだものであります。

明治2〜3年(1869〜70年)にかけ、良種のスッポンを雌雄合せて50頭を購入、40坪程の飼育池を築造、交配を試みる。

明治8年(1875年)にスッポンの産卵を確認。

明治10年(1877年)には人工孵化(フカ)に成功。子鼈の確保が可能となります。

 明治32年(1899年)浜名郡舞阪村吹上(現在の浜松市西区舞阪町)にある土地を購入し、翌 明治33年(1900年)6.5ヘクタールの養殖池を造成、スッポンの養殖を開始します。

(情報提供:服部中村養鼈場)

 

 

スッポンと言えば、美容と健康にとても効果的なコラーゲンやビタミンが豊富に含まれていますが、さらに良い点は、一般食品からは取り入れにくい、8種類の必須アミノ酸(イソロイシン・ロイシン・リジン・メチニオン・フェニールアラニン・ストレニオントリプトファン・バリン)の全てが含まれているという点です。また、DHA(ドコサヘキサエン酸)、EPA(エイコサペンタエン酸)も豊富で、漢方薬として珍重されるほど栄養素の多い食材と言えます。

スッポンに含まれている全ての栄養素と効果を説明すると本が出来てしまうかもしれません。(^_^)

ここでは、スッポンならではの代表的な栄養素&効果のみご説明します。

スッポンのビタミンB1にはメラニンを防ぐ働きがあり、シミ、ソバカス、にきび、肌荒れ、皮庸炎、湿疹に効果があります。また、体内の水分バランスを正常に保つ作用があるので、色素沈着、シミ、ソバカスを予防し、ツヤとハリを与え自然な潤いをもたらしてくれます。血液の浄化や血液にスタミナを与える栄養素も豊富に含まれています。

スッポンの脂肪は、うなぎと同様、老化防止、細胞の活性化などに役立つ不飽和脂肪酸で占められています。最近「不飽和脂肪酸に強力な抗がん作用がある」と日本ガン学会でも発表されました。さらに、動脈硬化を防ぐとして注目されているEPA、老化防止や花粉症を防ぐとして注目されているDHAなども豊富に含まれています。

この他にも、コンドロイチンなどのムコ多糖類やコリンなどのビタミンなど様々な有用成分で満たされています。カルシウムやマグネシウム・鉄なども豊富で、骨の健康や貧血・冷え性の予防にとても有用な栄養源です。

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